2006年04月30日

ついに尊い命が…

この制度を知る者の大半が予想していたであろうことが、ついに現実に起きてしまいました。このような惨事が繰り返されないためにも、早期の制度見直しを願わずにはいられません。このままじゃ「障害者自殺支援法」に成りかねない!さらに10月以降になったらどうなることやら…

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〜西日本新聞 新聞ワード・BOXから〜(転載) 

<障害者自立支援法>昨年10月に成立し、今年4月1日施行した。障害者の自立を支援するのが目的。福祉サービス利用料の原則1割を障害者の自己負担とした一方、知的、身体、精神の3区分で異なっていた福祉サービスを一元化し、共通のサービスを受けられるよう選択の幅を広げた。だが、ほとんどの障害者には負担増となるため「サービス利用をためらうことが予想され、かえって社会参加が阻まれる」と、障害者団体などの反発も強い。

【ニュース・インサイド】福岡市・重度障害の娘殺害 母、孤独な介護の果て 自立支援法が重荷?新たな負担「払っていけぬ」


2006.04.13
福岡市中央区のマンションで三月十一日、母親(53)が重度身体障害者の二女=当時(27)=を殺害した事件は、介護疲れの末の悲劇だった。福祉関係者の間で寛大処分を求める嘆願書の署名活動が広がるなか、殺人容疑で逮捕された母親は十三日、拘置期限の満期を迎える。母親を追い詰めたものは何だったのか―。背景を追うと、原因の一つに「障害者自立支援法」の重圧も浮かび上がる。(社会部・豊福幸子)

▼夫も病死して
 「疲れた。一緒に死んでほしい」。事件数日前、母親は別居する長女(29)にこんな電話をかけていた。長女は母親宅に駆けつけ生活を共にしたが、事件は長女が留守にした一瞬のすきに起きた。
 母親は二女の首を絞めると自らの腹を包丁で刺し無理心中を図った。
 県警の調べでは、二女は二十歳ごろ脳血管の病気を突然、発症した。全身まひによる歩行困難などで身体障害者一級の認定を受けた。
 やがて、夫はがんを宣告された。母親自身も股(こ)関節に軽度の障害を抱えていた。当時を知る医療関係者は「夫の看病、二女の介護と、一人で本当に頑張り通していた」と母親の様子を振り返る。
 一昨年に夫が亡くなってからは、在宅支援サービスを利用しながら、母親一人で二女の介護を続けていた。
▼契約打ち切る
 在宅支援サービスの関係者は二月、母親のこんな言葉を聞いた。
 「三月からは(在宅支援の)ヘルパーに甘えないで、少し体を慣らしたい。四月からは自分だけで介護しないと」
 言葉の通り、母親は二月末、それまで二女が利用していた二カ所の福祉施設への通所をやめ、在宅支援センターとの契約も打ち切った。
 今年に入り、「障害者自立支援法」の施行が迫ると、母親は周囲に「費用をこの先ずっと払い続けることができるだろうか」と度々漏らしていたという。
 二女は入浴介助などの居宅介護を月に約二十五時間、外出介護を月に五、六回程度利用。これまでの支援費制度では自己負担がなかったが、支援法の施行後は、利用料の原則一割負担を求められることになっていた。
 国は低所得者の負担を減らすため、負担の上限を設定。福岡市の財政負担(二年間のみ)を合わせると、二女の場合は月額約一万二千―一万六千円の自己負担になったとみられる。母親には最終的な負担額は伝わってなかったとみられるが、仕組みを説明する福祉関係者には「払っていけない」と繰り返し、話ができない状態だったという。
▼入所まで10年
 一方で、母親は数年前から、二女を重度身障者用の療護施設に入所できるよう申し込んでいた。だが、希望の施設には三月一日現在で三十七人の待機者がおり、「入所まで少なくとも十年はかかる順番だった」(同施設)。
 寛大処分を求める嘆願書にはこうある。「母親は介護の負担が大きく、生活にも疲れ、支援法への不安で心を閉ざし、不安定な状態になってしまっていた。障害者の生きる権利を奪うことは許されないが、母親一人を責め切れない」



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